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OPAL Images in BLOG

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    These images have captured by HAMADA, F., *Palindrome on his weekend holidays.  これらの写真は★パリンドロームにより趣味として撮影されたものです。

はやぶさ球磨川遡上

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    2009年3月1日寝台特急はやぶさ終焉記念に球磨川を遡上しました。絶好の天候に恵まれで、十分に別れを惜しむことが出来ました。

Brussels in the night

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     2007年11月ブリュッセルを訪問したときの思い出です。 Memories of Brussels in the night on Nove2007

春の煙

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     肥薩線の春の煙です。SL人吉号が菜の花煙る球磨川を登っていきました。2010年3月14日

2014/04/20

藤が満開です

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 満開を迎えた我が家のベランダを飾る藤ですが、週末は連続雨、、、 藤の見頃はサクラより短く、せいぜい48時間、、、上は昨日下は先ほどの撮影です。

2014/04/19

なつかしい小学校

Panorama ★パリンドロームの生家辺りから、懐かしい小学校への通学路を辿ります。この釣具店だけは60年前と変わりません。釣具店の手前には優しいおばぁちやんが一人暮らしで棲んでいて、毎日水を汲んでバケツに入れて天秤棒で運んでいました。今は空き地ですね。

 ここは介護センターとなっていますが、60年前は警察署だったように思います。大きな門越に中を覗き込んだものです。

 ここが60年前の醸造所菊の露の面影を辛うじてとどめるなまこ壁の名残かと。その向かいの石造りの建物が九電の支店だったと思います。★パリンドロームの記憶のランドマークです。

 ここを左に曲がると、幼稚園・風呂屋です。風呂屋の壁には山中湖から眺める富士山が描かれていました。鮮明に覚えています。右に曲がると新橋を渡って小学校への路です。

 御船新橋からの眺めです。右手に菊の露の蔵と煙突がありましたが、今は見えません。この橋は洪水のたびに流されました。左手の河原では毎年夏花火大会と精霊流しが開催されました。今も行われているようです。向こうに見えるのがゴワン橋で、学校から映画を授業の一環で見に行くときに渡ったものでした。

 この病院は昔からあって、★パリンドロームはいやでいやで泣きながら逃げ出した記憶があります。

 ここら辺りは、昔の熊延電鉄の廃線跡で、踏切を渡って左折し、左手の小高い城山の下をトボトボと学校に向かいます。

 ここを右に曲がると小学校の正門です。かすかに見えます。通り過ぎると、↑の小学校の撮影地です。この構図には★パリンドロームの拘りがあります。校舎から見て一番奥のこのけやきと遠くに見える飯田山だけが、60年前の記憶の通りなのです。熊延電鉄の御船駅が目の前で、その頃から鉄だった★パリンドロームは、呆然とディーゼルカーを眺めたものです。眼鏡橋から遠くに見える鉄橋を渡るDLの風景は、くりかえし夢に見ました。右手のサクラ咲く丘が城山。なつかしいですね。

 小学校の校舎はすっかりたてかわって、昔の、木造の二階建て校舎の面影はありません。しかし、この広い広い運動場は昔のまま、、駆け回った運動会の光景が昨日のことのように思い出されます。

 60年ぶりに振り返った故郷の光景、、浜かもめさんとGoogleMapに感謝します、

2014/04/14

裁判所の庭

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 ★パリンドロームは日が暮れるまでのほとんどをここで過ごしました。なので、想い出が一杯あります。

1)今では公民館となっていますが、昔は裁判所でした。立派な建物で床下が高く、子どもなら自由に歩きまわれました。なので、秘密の隠れ家になっていたのでした。
2)向こう側の裏庭は畑に通じていて、、やはり冒険の広場でした。
3)前庭は、かくれんぼの場所。左側に大きな樹があり、かくれんぼの起点でした。
4)右手前に残るコンクリートは裁判所の掲示板の礎石の名残です。この柵にまたがって、色々と物思いに耽ったものでした。
5)その礎石と裁判所の柵の間は、狭くて暗い路地で、、その向こうは不思議な闇の世界につながっていたのでした。
6)★パリンドロームの生家から裁判所へ通じる50mくらいの路は眼鏡橋へと至る砂利道であり、馬車道でもありました。馬糞が干からびて路の中央に落ちており、★パリンドロームはそれを握って投げたものでした。馬糞の川流れ、というたとえがありますが、その実感を知る世代です。
7)その裁判所の庭に曲がる角はお魚やさんでした。店先に太刀魚が並べてあり、触った★パリンドロームが太刀魚の鋭い歯で傷ついて真っ赤な血を流したのが昨日のように思い出されます。

 しかし、こんなに桜がきれいだったかなぁ、、、、、

2014/04/12

熊本城 桜

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 3月28日、休暇をとって撮影しましたが、その甲斐あって青空のもと撮影できました。その後一週間不順な天候が続いたので、やはり思い切って良かったです。

2014/04/11

妙見の桜 つづき

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 先に紹介した妙見の桜撮影位置から20m登ると、桜まつりが賑やかに開催された舞台への登り口があります。ここから演芸会が行われたあたりへの数十mは★パリンドロームが繰り返し夢に見た光景です。一枚目の写真がそうです。もうすっかり荒れ果てていますが、往時の舞台の跡は見てとれます。のど自慢とか柔道大会とか、、、、、

 それを見下ろす辺りに軍人墓地がありました。2枚目の写真です。この第二次世界大戦の戦死者を祀る墓場の向かい側のへりあたりから、演芸舞台が見下ろせたのですね。戦没者を慰める計らいもあったのでしょう。

 このあたりは、★パリンドロームの毎日の遊び場でもありました。最近では出てきませんが若い頃は繰り返し繰り返し夢に見ました。

 妙見の坂を下ってきて、このあたり左手は裏道でありますが、表通りより強く記憶に残る路でした。細い流れがあり、ザリガニとかを煙草の吸殻でとったものでした。

 ここが★パリンドローム出生地あたりの三差路。右コーナーに赤いポストがありました。右に曲がると眼鏡橋、まっすぐ下ると、懐かしい御船川への下り道です。亡き母に耳掃除をしてもらいました。川端でしてもらうと痛くなかったのです。

 浜かもめさんとファルーカさんだけと共有できる(^^;)、極めてローカルな話題なのですが、三人にとっては、、忘れ難い思い出です。

2014/04/08

今年の西出丸の桜

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やっぱし、ここからの眺めが一番ダイナミック、かつ、美しいですね。

2014/04/06

初夏の色彩

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 北風が吹いて寒いけれど、返って埃が吹き払われて今年一番の快晴、、ということで、昼ごはんは我が家の杏の樹の下のベンチで、流行の生インスタントラーメンを頂きました。碧い空に膨らみ始めた杏の実を愛でながら。

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 その後は、初夏を暗示する花々を撮影。薔薇にも大量の蕾がついて、、楽しみです。

2014/04/05

熊本城桜4 天守閣正面あたり

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 天守閣正面広場やや左から、、昔は、新入社員が休暇を取って場所取りして、この桜の下で花見の酒盛りをしたものですが、今はとてもじゃないけど許されるものではない高貴な場所となっています。今は昔、天守が見える辺りでの花見は不可能です。

2014/04/03

妙見坂あたり

 

妙見坂あたりもGoogleマップに含まれていました。★パリンドロームが撮影した地点から辺りを見回せます、

★パリンドロームの生家あたり。カーブミラーの処に郵便ポストがありました。その向かい側にはバス停が、、そして御船町最初のタクシーの営業所がありました。御船町の中心街一丁目一番地だったのですが、、、、

熊本城桜3 本丸御殿地下から天守閣正面へ

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 この構図が一番美しいと思う熊本城です。実際この卍型の狭い石垣の回廊の隅では沢山の観光客がカメラを構えていました。その人影を避けるために上向き構図となっています。

 Googleのストリートビューはこちらから

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